何年か前に所属する学会で、環境問題に向き合って活動している若者を呼んで話を聞いてみようという企画が実施された。そのときの発表の中でも東京の某大学の男子学生の発表が忘れられない。
彼は、いかにして人的ネットワークを構築するか、つまりインターネットを駆使することを切々と語り、最後に、「温暖化防止」のようなことが書かれたプラカードを持って街を練り歩いた様子がTBSだかのニュースに紹介された映像を流して発表を締めたのだった。言うまでもなく、温暖化ガスの削減になることは一切やっていない。むしろ温暖化に加担するようなことばかりに励んでいたわけだが、声を上げてメディアに取り上げられたから自分たちの活動は社会的に評価されたのだ、と得意になっていただけなのだ。一瞬、この子はバカなのか、と思ったのだが、深く物事を考える大人との交流のないまま育ったであろう若者を哀れに思わずにいられなくなった。そのことはまた深く考える大人の希少性を物語っていたのだ。
現代社会が抱える問題は遡って考えた方がいいと思う。昨日記したように、ゲーテは18世期末には人類の行く末を見抜いていたのだろう。そして、マックス・ヴェーバーは「精神のない専門人、心情のない享楽人。この無のものは、人間性のかつて達したことのない段階にまですでに登りつめた、と自惚れるだろう」(『プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神』)という未来を予想し、シュペングラーは彼が「貨幣の独裁」(『西洋の没落』)と呼ぶ末路を予見した。
「財をもってする思考に代わって貨幣をもってする思考が現れる。・・・経済像は財の本質的特徴をなす質とは関係なく、もっぱら量に帰せられる。」(『西洋の没落』第二巻 p.395)
「複式簿記がルカ・パチョーリ(1494年)によって発明されたことは決定的なものとなった。」(『西洋の没落』第二巻 p.402)
「帳簿価値の抽象的体系は複式簿記によって人格から遊離し、そうして自身の内的動力学によって活動し続けている。」(『西洋の没落』第二巻 p.405)
原子力エネルギーの大きさに人類で最初に気づいたノーベル賞科学者フレデリック・ソディは、「複式簿記」まで遡って、貨幣論を展開した。科学者であるフレデリック・ソディは「財」をエネルギーの化身と考え、熱力学の原理に則して、貨幣を考察したのだ。だから、ソディの貨幣論は、主流派の経済学者には無視され続けたが、エコロジー経済学の世界では大きく取り上げられている。ソディの貨幣論抜きで環境・エネルギー問題を論じることがいかに間抜けかと思えるくらいのものなのである。(なお、ソディの貨幣論については、新潟大学の藤堂史明氏が訳を手掛けているので、ググられたい)
ソディが貨幣について思索するにあたって参照した経済書は、アーヴィング・フィッシャーの『貨幣の購買力』である。これは戦前には邦訳が出版されていたが(古書はとても高額)、戦後どういうわけだか邦訳が姿を消した経済書である。
アーヴィング・フィッシャーの没年が1947年ということで、著作権が切れたので、自由に翻訳・伝授できる時代になっている。そこで、とりあえず、『貨幣の購買力』第三章第1節を訳してみた。この内容は、最近、イングランド銀行の紀要で説明されたものと同じ内容であることを確認できるだろう。エネルギー供給量などお構いなしに、マネーはいとも簡単に創られるのだ。そして、フィッシャーもイングランド銀行も実は金利が(債務者当人にではなく)社会にどういうことをもたらすかという根本問題に触れていない。これこそソディが現代文明の崩壊を予見した理由である。
ゲーテの先見の明や「国民所得倍増計画」の下村治の経済理論や「ブルシット・ジョブ」で知られるようになったデイビッド・グレーバーの『負債論』を理解する上で、また、環境・エネルギー問題に向き合う上で間抜けと思われないためにも、「複式簿記」に関する書物としてフィッシャーのこの箇所は必読であるように思う。さらに言えば、『地域衰退』の大元はこの辺りの見識と展望を田舎者が欠いていることにあると思う。
資産 | 負債 | ||
金$100,000 | 預金者に支払われるべき$100,000 |
資産 | 負債 | ||
金$100,000 | 預金者Aに支払われるべき$10,000 | ||
預金者Bに支払われるべき$10,000 | |||
他の預金者に支払われるべき$80,000 | |||
合計 | $100,000 | $100,000 |
資産 | 負債 | ||
金$100,000 | 預金者Aに支払われるべき$9,000 | ||
預金者Bに支払われるべき$11,000 | |||
他の預金者に支払われるべき$80,000 | |||
合計 | $100,000 | $100,000 |
資産 | 負債 | ||
金$50,000 | 預金者Aに支払われるべき$9,000 | ||
借用証書$50,000 | 預金者Bに支払われるべき$11,000 | ||
他の預金者に支払われるべき$80,000 | |||
合計 | $100,000 | $100,000 |
資産 | 負債 | ||
金$100,000 | 預金者Aに支払われるべき$9,000 | ||
借用証書$50,000 | 預金者Bに支払われるべき$11,000 | ||
他の預金者に支払われるべき$80,000 | |||
新規の預金者(借り手)に支払われるべき$50,000 | |||
合計 | $150,000 | $150,000 |
貸出前 | |||
資産 | 負債 | ||
金$100,000 | 預金者に支払われるべき$100,000 | ||
貸出後 | |||
資産 | 負債 | ||
金$100,000 | 預金者に支払われるべき$150,000 | ||
借用証書$50,000 |
資産 | 負債 | ||
金$100,000 | 預金者に支払われるべき$150,000 | ||
借用証書$100,000 | 銀行券の保有者$50,000 | ||
合計 | $200,000 | $200,000 |